参加型評価手法を学び合う

アジア各地で活動する元研修生たち。
多くの場合、事業ごとに国内外の資金援助機関(ドナー)から資金を得ています。
事業を行うにあたり、一定の期間内に到達する目標を定め、
「ロジカル・フレームワーク(論理的な枠組み)」と呼ばれる設計図をつくります。
設計図には目標に到達するために行うべき活動が書き込まれ、
それによってもたらされる成果指標も設定されています。
例えば水道敷設事業の場合、
■全世帯の△%が安全な水にアクセスできるようになる
■事業実施前と比べて(不衛生な水が原因となる)皮膚病の発症が△%、
下痢の発生が△%、感染症の発生が△%減少する
というような指標が考えられます。
しかし、事業の成果のなかには数値ではあらわすことができないものもあります。
よく「量(Quantity)」と「質(Quality)」という言葉が対比的に使われますが、
量的な変化だけでなく、質的な変化もみていくことが大切です。
それに、設計段階では予想していなかった成果が生じることだってあるでしょう。
質的な変化や予期せぬ成果をとらえる評価手法のひとつが、
Most Significant Change(MSC)手法。
モスト・シグニフィカント・チェンジと読み、「最も重大な変化」という意味です。
参加型のモニタリング・評価手法でもあります。
MSC手法について、詳しくは(一社)参加型評価センターのホームページをご覧ください。
ある事業で、水道の敷設により、次のような「最も重大な変化」が捉えられました。
■これまで、女性や子どもたちは往復2、3時間の道のりを歩いて、水を汲んでいた。
けれど、どの人も1時間以内のところで安全な水を得られるようになった。
女性は時間に余裕ができたので、地域活動に関わるようになり、地域における発言力が高まった。
子どもは学校の始業時間に遅れることがなくなった。
■水道を維持・管理するために組合をつくった。
行政が組合に、ある農業振興策を提案してきたので、それを行うことにした。
そして農家の収入が向上した。
子どもが遅刻しなくなったというのは、「予期せぬ変化」だったでしょうね!
AHIは、このユニークはMSC手法を元研修生たちに習得してもらい、
実際に使ってもらおうと、取り組んでいます。
前述の参加型評価センターの代表理事・田中博氏を講師に招いて、
1年前の3月1日と5日にオンライン・ワークショップを開催し、
元研修生やその活動パートナー9名/4団体が参加しました。
4月には団体ごとにMSC評価の基本計画をつくり上げました。
そして、それぞれに計画を実行して、夏が終わるまでには完了する。
・・・はずだったのですが、思い描いていたようには進みませんでした。
スリランカでは、経済危機が悪化の一方をたどり、評価活動どころではなくなってしまいました。
例えば、食糧品を含めた物価が高騰し、日々の食事に困る人が増えたので、
野菜の種苗を配って家庭菜園の技術研修を行うなど、
人びとの日々の暮らしを支える活動を優先しなければならなくなりました。
パキスタンでは大規模な洪水災害が発生したため、
数か月のあいだMSC評価活動を中断して、被災者支援活動にあたりました。
フィリピンの団体は、評価予定の事業のキーパーソンが急逝したため、
違う事業の評価を行うことになり、基礎計画をつくり直しました。
そんななか、フィリピンのダバオ医科大学プライマリーヘルスケア研修所(通称IPHC)は、
順調にMSC評価を実施し、8月中に完了しました。
前述の「水道施設の影響」は、IPHCが収集したものです。
水道敷設は、IPHCがその地域で行った様々な活動の一つにすぎません。
しかし多くの人が安全な水へのアクセスの向上にまつわる事柄を
「最も重大な変化」として挙げたといいます。
住民の多くが「安全な水へのアクセス」という基本的人権を侵害されており、
その場合、まずはその問題解決に取り組むことが肝要であり、
そうすれば年齢や性別などを問わず、多くの住民の暮らしの様々な側面に変化が生じる、
つまり、安全な水へのアクセスの向上が、
そのほかの様々な地域課題の改善のもととなっていることが確認されました
今年1月から2月にかけて、
IPHCは自らの経験をベースにしてMSC手法を紹介するワークショップを開催しました。
参加したのは、やはりAHIの元研修生やその活動パートナー10数名/6団体です。
IPHCは「The ‘Most Significant Change (MSC)’ Technique A Guide to Its Use
by Rick Davies and Jess Dart“」という手引書に書かれている「MSCの10の手順」を紹介しつつ、
実際に自分たちは、それをどうやったのかを話していきました。
参加者たちは、これまでの経験や活動地域の実態を念頭におきながらそれを聞き、
色いろな質問をしました。
手順7「変化の検証」に関する質疑応答を紹介しますと・・・
■質問
「検証というのは、それが事実だと実証することだけど、
その変化があったと言った人に再確認したり、周囲の人に確認してみたところ、
話しが誇張されていたと判明することもありえるのでは?」
■答え
「IPHCがやってみたなかでは、そういうことがなかった。
むしろその変化が事実であることを補強する情報を得られた。
でもあなたの言うような事態は起こりうると思う。
それを防ぐためには、手順4で話し手を選ぶときに、事実を語ってくれる人を選ぶこと。
その人が安心感をもって話すことができるスタッフが聞き手になること。
そして、何のために話を聞きたいのか、その話は何に使われるのかをちゃんと説明すること。
その人が言っていることに飛躍があるとか、前に言ったことと矛盾していると感じたら、
丁寧に聞きなおしていくこと。 こういったことが大切だと思う。」
とても実践的なワークショップで、参加者の満足度も高かったよう。
ほとんどの団体が「MSC手法を実際に使ってみる!」と言っています。
IPHCも「試行の途中でやり方が分からなくなったり、壁にぶつかったりしたときは、
アドバイスをしたり一緒に考えたりするから、遠慮なく連絡してね!」 と言ってくれています。
3月の終わりには、パキスタンの団体の報告会を行います。
第一期の参加者に加え、第二期の参加者も報告をききに来ます。
AHIは「学び合う」という言葉を、
「学んだことを実践し、実践したことを共有し合う」という意味で使っています。
しかし、概念的な学びを実践することは簡単ではありません。
MSCのような実用的な手法のほうが実践しやすく、
だから今回、元研修生たちがいつにも増して生き生きと学び合っているように思います。
MSCは参加型の手法なので、それを用いる状況や、関わる人変われば、評価活動の中身も変わってきます。
色いろなケースを元研修生たちの間で共有し、MSC手法を使いこなせられるようになってほしいと思います。
それによって事業の効率や効果の向上につながるだけでなく、参加プロセスのなかで、
住民エンパワメント、組織力向上、パートナーシップ強化などがすすんでいくことを願っています。
職員 髙田